セブンイレブン一号店の場所は豊洲!歴史や売上の秘密を徹底解説

日本中の至る所で見かけるセブンイレブンですが、その記念すべき一号店がどこにあるのか気になったことはありませんか。実は東京都江東区の豊洲にあり、現在も営業を続けているのです。一号店が誕生した歴史や当時の場所に関するエピソード、そしてNHKのプロジェクトXでも取り上げられた創業時の苦労話など、知れば知るほど面白いドラマが隠されています。この記事では、一号店ならではの売上や最初に売れたものといわれるサングラスの秘密、さらには現在のオーナーである山本憲司氏の活躍まで、ファンなら一度は訪れたくなる聖地の情報を余すところなくお伝えします。

一号店
  • 日本のコンビニの原点である豊洲店の創業秘話と歴史的背景
  • 伝説となっている最初に売れた商品や驚異的な売上記録
  • 聖地巡礼に役立つ現在の店舗所在地やアクセスの詳細
  • 一号店オーナー山本憲司氏が貫く経営哲学とお店の今
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伝説のセブンイレブン一号店が歩んだ歴史

一号店1

今でこそ当たり前の存在になったコンビニエンスストアですが、その第一歩は決して平坦な道のりではありませんでした。ここでは、日本初のセブンイレブンがどのようにして生まれ、数々の困難を乗り越えてきたのか、そのドラマチックな軌跡をご紹介します。

創業の歴史とプロジェクトXの感動

日本のセブンイレブン一号店がオープンしたのは、1974年(昭和49年)5月15日のことです。当時の日本にはまだ「コンビニ」という言葉すら浸透しておらず、スーパーマーケット全盛の時代でした。そんな中、イトーヨーカ堂の鈴木敏文氏(後の会長)がアメリカのサウスランド社と提携し、日本独自のコンビニエンスストアを作ろうと奔走したのです。

この創業時の物語は、NHKの人気番組『プロジェクトX』でも取り上げられ、多くの視聴者の涙を誘いました。社内の猛反対を押し切っての挑戦、手探りでの商品選定、そして日本独自の商習慣との戦い。これらは単なるビジネスの成功譚ではなく、関わった人々の熱い情熱の物語でもあります。

当時、アメリカから届いた巨大な冷蔵庫が店舗の入口を通らず、なんと壁を壊して搬入したという逸話も残っています。まさに規格外のスタートだったんですね。

初代オーナー山本憲司氏の熱意

一号店の成功を語る上で欠かせないのが、当時24歳という若さでオーナーに名乗りを上げた山本憲司氏の存在です。豊洲で「山本茂商店」という酒屋さんを営んでいた山本氏は、スーパーの進出に危機感を抱き、新しい時代の小売業を模索していました。

まだ加盟店の募集すら始まっていない段階で、新聞記事を見て直感的に「これだ!」と思い、イトーヨーカ堂へ熱烈な手紙を送ったというエピソードは有名です。この山本氏の決断と行動力がなければ、現在のセブンイレブンは違った形になっていたかもしれません。

本部と加盟店が対立するのではなく、「共存共栄」を目指して共に汗を流した関係性が、日本のコンビニ文化の基礎を築いたといえるでしょう。

最初に売れたものはサングラスの謎

セブンイレブン一号店に関するトリビアで最も有名なのが、「最初に売れた商品は何か?」というクイズです。答えをご存じの方も多いと思いますが、なんと「サングラス」でした。

「えっ、なんで食品じゃないの?」と思いますよね。実はこれには明確な理由があります。当時の品揃えは、アメリカのセブンイレブンのマニュアルを忠実に再現していたため、西海岸の日差しの強い地域でよく売れるサングラスが、ここ日本でもレジ横に置かれていたのです。

開店当日はあいにくの雨模様でしたが、早朝に来店した男性客が800円のサングラスを購入していったそうです。ご祝儀買いだったのか、本当に必要だったのかは今となっては謎ですが、歴史的な瞬間であることは間違いありません。

開業初日の売上と驚異的な年商

全く新しい業態としてスタートした一号店ですが、その実績は当初の予想を大きく上回るものでした。開店初日の売上は約50万円。現在の日販平均から見ると少なく感じるかもしれませんが、当時の大卒初任給が8万円台だったことを考えると、これは驚異的な数字です。

さらに、初年度の年商は計画値の1.5億円を超え、1.8億円を達成しました。朝7時から夜11時まで開いているという利便性が、豊洲の工場労働者や地域住民の心を一気に掴んだ結果だといえます。

項目 当時の実績 備考
開店初日売上 約50万円 当時の物価を考慮すると高水準
初年度年商 1億8000万円 計画比120%達成

現在の日販が示す繁盛店の実力

「一号店だから記念に残っているだけでしょう?」なんて思ったら大間違いです。豊洲店は現在でも、全国平均を大きく上回る超繁盛店として君臨しています。

一般的なコンビニの日販(1日の売上)が約70万円程度と言われる中、豊洲店の日販は200万円以上とも噂されています。これは単に立地が良いというだけでなく、山本オーナーが長年培ってきた「単品管理」のノウハウや、地域に根差した商売への姿勢が評価され続けている証拠でしょう。

※売上や日販の数値は、各種メディア報道や書籍に基づく推定値であり、現在の正確な数値を保証するものではありません。

セブンイレブン一号店の場所と現在の情報

一号店2

歴史を知ると、実際にその場所へ行ってみたくなるのがファン心理ですよね。ここからは、現在も営業を続けている豊洲店の場所やアクセス、お店の様子について詳しく解説していきます。

豊洲店の正確な場所と地図ガイド

セブンイレブン一号店(豊洲店)の住所は、東京都江東区豊洲4丁目6-1です。現在は「ヤマケンビル」という建物の1階に入居しています。

豊洲といえば、ららぽーと豊洲や高層マンションが立ち並ぶおしゃれなベイエリアというイメージが強いですが、一号店があるエリアは昔ながらの商店街の雰囲気を少し残した、落ち着いた場所にあります。

アクセス方法とリニューアル後の姿

アクセスは非常に便利で、東京メトロ有楽町線またはゆりかもめの「豊洲駅」4番出口から徒歩約2分という好立地です。駅を出て大通りから一本入った通りに面しています。

店舗の外観は2017年にリニューアルされ、和のテイストを取り入れたシックなデザインに生まれ変わりました。「木調たて格子」があしらわれており、他のセブンイレブンとは一味違う落ち着いた佇まいが特徴です。

パッと見では一号店だと気づかないくらい街に溶け込んでいますが、よく見ると店頭に「創業の地」や「50周年」を示すポスターが貼られていることがあります。

元は酒屋だった店舗とビルの変遷

先ほども少し触れましたが、この場所はもともと山本オーナーの実家である「山本茂商店」という酒屋さんでした。1974年の開業当時は2階建ての建物でしたが、その後1992年に現在の5階建てビルへと建て替えられています。

酒屋さんが前身だったこともあり、お酒の品揃えには定評があったそうです。今でこそコンビニでお酒が買えるのは当たり前ですが、当時は酒販免許の関係で、酒屋から転換したコンビニは非常に強力な集客力を持っていました。

聖地巡礼で訪れるファンへの情報

セブンイレブン豊洲店は、コンビニファンや小売業界の関係者にとって、まさに「聖地」です。わざわざ遠方からこの店を見るために訪れる人も少なくありません。

ただし、あくまでも現役で営業しているコンビニエンスストアです。記念館や博物館のような展示があるわけではありません。店内の撮影などは他のお客様の迷惑になる可能性があるため、マナーを守って利用しましょう。

レシートに印字される店名や店舗コードを見て、「ここが一号店か…」と静かに感動を噛みしめるのが、通な楽しみ方かもしれませんね。

進化を続けるセブンイレブン一号店

一号店3

セブンイレブン一号店は、過去の遺産ではなく、現在進行形で進化を続けるトップランナーです。山本オーナーは、今でも店頭に立ち、顧客のニーズを肌で感じながら経営を続けているといいます。

50年以上前に「便利で重宝なお店」として始まったこの場所は、これからも日本のコンビニエンスストアの象徴として、私たちに新しい利便性と驚きを提供し続けてくれることでしょう。豊洲を訪れる際は、ぜひ日本の流通史を変えたこの場所で、お買い物とおにぎりを楽しんでみてはいかがでしょうか。

本記事の情報は執筆時点の調査に基づくものです。店舗の営業時間や外観、取扱商品などは変更になる可能性があります。最新の情報はセブンイレブン公式サイト等をご確認ください。

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